今に伝わる秩父の人形芝居を上演します。
期 日:平成24年2月26日(日)
時 間:午後1時開演
入 場 料:無料
会 場:皆野町文化会館ホール (〒369-1412 秩父郡皆野町大字皆野1423番地)![]()
出演団体及び演目
横瀬人形芝居 (小栗判官実道記親子対面矢取りの場) ![]()
白久の串人形 (御所櫻堀川夜討 弁慶上使の段)
主 催:秩父人形サミット実行委員会
後 援:秩父市/秩父市教育委員会/横瀬町/横瀬町教育委員会/皆野町/皆野町教育委員会
(社)秩父・横瀬町・皆野町観光協会
問 合 せ:皆野町教育委員会社会教育担当 TEL0494-62-4563
秩父の山里には江戸末期から脈々と受け継がれる人形芝居があります。村祭りや縁日にその境内で、また、農家の座敷を空け放って手軽に楽しまれてきたのが、人形芝居であります。
年々過疎化と少子高齢化が進む中で、人形座の一同ふるさとの伝統文化の継承に情熱を傾けて参りました。
この度、地域文化の振興と、伝統文化を守り伝える相互交流の場として、「秩父人形サミット2012」を開催する運びとなりました。
山間の地秩父に受け継がれる素朴な人形芝居をたっぷりとご堪能ください。
江戸時代から明治期農村の娯楽として全盛を極めた人形芝居も、その後衰退の一途をたどりその多くが中止に至っている。 秩父においても数箇所伝承地があるが、現在は三箇所の人形芝居が上演可能である。一人遣いの横瀬人形。二人遣いの白久の串人形。三人遣いの出牛人形と操法の違う三種類であり、説経節と義太夫が語られるのも特徴である。なお埼玉県内では三芳町竹間沢の車人形が上演できる。
安政年間江戸の説経節の師匠薩摩若登太夫から指導を受けた秩父の説経節の祖といわれる薩摩若太夫こと坂本藤吉が、旧荒川村小野原(現秩父市)にいる。この高弟に横瀬の若林又右衛門(現横瀬人形家元若林家)が、薩摩佐登太夫を名乗り、説経節と人形芝居を始めたといわれる。 横瀬人形は指人形で一人遣いで、「ふくさ人形」とか「秩父人形」などと呼ばれてきた。人形の背中から右手を入れ、人差し指と中指の間に胴串をはさみ、親指と小指に人形の手を結びつける。人形芝居には珍しい廻り舞台を持つ。また、この地には「写し絵」も伝わり人形と共に説経節が語られてきた。現在説経節を三味線を弾きながら「弾き語り」の太夫が数人育っている。
白久の串人形は江戸末期、地元豆早原の新井宇市、新井藤蔵といった人たちによって卵の殻に顔を描いた手作りの人形で始められたと伝えられる。三峯神社の「日鑑」を見ると安政二年(1855)七月二十一日の条に「上田野村より拾壱人参詣登山、乍次手、手人形芝居宝(奉)納」とあることから、豆早原とは別に上田野にこの頃人形芝居があったことが知れる。(旧荒川村・現秩父市)
白久の串人形は主遣いと手遣いの二人遣いで、主遣いが左手で人形の支え棒を持ち、右手で首につながる篠竹や引き栓を操作して、首(頭)や目・眉を動かし表情をつける。手遣いは、主遣いの後で人形の手首に差し込んである竹串で人形の左右の手を遣う。二人の呼吸が要求される人形である。
かつては中山道筋の本庄・児玉方面から秩父への重要な道筋で、「出牛の宿」(現皆野町)として栄えた地に伝わる三人遣いの人形である。義太夫も大変盛んで不動堂には大正三年の義太夫連の奉額に九十名もの名がみえる。芸座には安政二年(1855)の銘がある。
人形は主遣いが人形の首と右手、左遣いは人形の左手、足遣いは人形の足裁きといった役割で黒衣装に頭巾をつける。
この出牛人形は不動様の縁日に三番叟の人形を飾り供えたり、雨乞い人形とも呼ばれる菅丞相の人形を飾り祈雨を願ったり、人形の持つ呪力や信仰が今でも生きている。
実行委員会 顧問 杤原嗣雄
のだめの作者 二ノ宮知子さんが生まれ育った皆野町を巡り「のだめオリジナルポストカードをもらっちゃおう!」
先着100名様のみのプレゼントになりますので、ご参加はお早めにどうぞ!!
1.スタンプラリーの詳細 スタンプラリー詳細.docx
2.スタンプラリー台紙 スタンプラリー台紙.docx
3.問合先 産業観光課 0494-62-1462
※平日のみの引き替えでしたが、土・日・祝・年末年始も引き替えを行います。
午前9時~午後5時までに役場(日直室)へご持参下さい。
なお、日直室は庁舎裏側になります。