金子兜太の父で、医師・俳人であった金子伊昔紅の住居兼医院です。主屋が建てられたのは幕末から明治で、当初は屋根裏部分に蚕室を備えた民家であったと考えられます。医院として整備されたのは、伊昔紅が皆野で病院経営を始めた昭和元年と思われます。一方の土蔵は昭和9年に建てられ、後に曳家されて現在の位置に移動したものです。 主屋では町の俳人による句会が催され、水原秋櫻子、加藤楸邨など著名な俳人も訪れています。敷地内では秩父音頭の稽古も行われ、俳句と秩父音頭の象徴といえる場所です。 令和元年、金子兜太生誕100周年に合わせて主屋内装がリフォームされ、カフェスペースとしての利用が可能になりました。また主屋、土蔵には膨大な量の近代俳句資料が収蔵され、整理作業の成果が企画展によって発表されています。
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