2020年9月1日
大塚賢一は私(敏子さん)の兄で、大変のんびりした人だった。金子伊昔紅先生に俳句を教わっていた。俳号は青蓮。吉見屋の2階へよく通っていた。集まりは短気な人が多く、喧嘩の末に皿が飛び交って柱を傷つけたこともあったと聞いた。
兄のつくった俳句を教えてもらったことが何度もあるが、
新しき傘の匂いや春の雨
の句はとても気に入っている。当時の傘は油紙を貼っていた。優しい春雨の音と、油紙の匂いが合わさり、心に響く作品だと思う。
大塚青蓮氏の名は秩父新聞にも見られます。作品を見てみましょう。
秩父札所を題材として連作されたものと思われます。札所6番以降は秩父新聞には見られません。
このほか、昭和41年9月、10月の秩父新聞には、秩父馬酔木会の8月作品、9月作品として以下の句が投句されています。
≪出典 秩父新聞 S41.9.5≫
≪出典 秩父新聞 S41.10.5≫