三沢村の名主は、上、中、下3つの郷より出て輪番で勤めましたが、関根家は世襲名主として勤め、初代十兵衛以降苗字御免でした。文書の中では、年貢割付状が多く、天保3年(1646)から明治3年(1870)まで146通が残っています。
金室家は、江戸時代初期より代々大淵村の名主を勤めました。「北条氏政書簡」、慶長3年(1598)の「武州秩父郡大淵ノ村地詰御坪入帳」の他、多くの近世文書を伝えています。特に材木川下げに関する文書は、隣村野巻村(現皆野町大字野巻…
宮前家は、金崎村の名主を代々勤め、『新編武蔵風土記稿』ににも記録が残る家系です。宮前家は酒造業を家業としたので、酒造関係文書が目立ちますが、佐右衛門が算数を得意とし、自ら作成した享和元年の金崎村絵図と共に測量用具も併せ…
懸仏は、もと下田野字戦場にあった天神様に祭られていました。「天神様のいちばん奥まったところに祭られ、直径六寸(約15cm)ばかり」と享和2年(1802)の文献に記されています。今はその天神様はありません。この懸仏には、「天神の御正体…
円福寺の本尊は阿弥陀如来で、左脇侍に観音菩薩、右脇侍に勢至菩薩を配してあります。観音菩薩は十一面観音で、像の高さ66cm、台座18.5cmです。如来の台座には、天明元年(1782)の紀年銘があり、勢至菩薩も同時代の作と見ることが出来…
薬王寺薬師堂の本尊薬師如来、脇侍の日光・月光菩薩をいいます。薬師如来は坐像で、像高44㎝、台座27㎝、脇侍の日光・月光菩薩は立像で、像高51㎝、台座15㎝です。本尊胎内左側面に墨書銘が見られ「奉於......一經其目応永廿六年八月□□…
『北武蔵名跡志』に「出牛村萩宮石鳥居は、永禄十年(1567)に建てられた。しかし彫りが古くてはっきりしない。」とあります。また『秩父の石仏』では「柱も割合に太く、県下に数多く見られるやさ形の石鳥居に比べてみると、ずっしりとし…
協議離婚 届出期間 届出したときから法律上の効力が発生します 届出人 夫および妻 届出先 本籍地または住所地 届出に必要なもの 離婚届出書 1通 戸籍謄本(届出地に本籍がない場合) 夫と妻の印鑑 本人確認書類…
荒川右岸に形成された河岸段丘上に位置します。荒川の流水面との比高18.5m、規模は南北300m、東西 120~170mに及ぶもので、発掘調査は3度行われました。第1次調査では、縄文中期の竪穴住居跡3軒、後期の竪穴住居跡1軒、称名寺式の埋甕を…
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